ON THE ROAD ~walk slowly~

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LA VIDA DURAなその後…

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いやはや、感動のゴールからはや十日が経ってしまいました。
とりあえず、気合でゴールまでの日記は書きましたが、ここ一週間の記憶はすごく曖昧で、ブログのことはまったくノータッチでした。
すいません。
写真はお世話になった人たちの写真。
暇なので作ってみました。

17日のゴール後、沢村さん夫婦と健太郎ちゃんに日本橋(銀座?)の韓国料理屋につれてってもらい、がっつりいただきました。
ごっつぁんです!!
「出世払いで!!」という言葉を軽く流され、「出世払い」という言葉のいい加減差を改めて実感。
いったいそれができる日は来るんでしょうか…

この日は健太郎ちゃんの埼玉の家でお世話になりました。
そうそう、彼もこの夏チャリで北海道の宗谷岬を目指し、無事目標達成し三日前ごろに帰京したばっかりで、二人並べば真っ黒こげ南国少年、東京の街では完全に浮いてました。
そんな彼の自宅でシャワーを浴びさせてもらい、布団に入ればあっという間に御世の国へと導かれていきました。
そういえば、久しぶりのお布団でした。

翌日は昼までがっつり寝て、昼食を食い、東京観光なんてそっちのけで、ビデオを借りてそれをBGMにシエスタ、お昼寝です。
とりあえず、昨日はまったく曲がらなくなってた膝が、この一日のおかげでだいぶ楽になりました。

夕方、健太郎ちゃんに別れを告げて、目指すわ眠らない町新宿。
またまた南米でであったコバりえさんとあきらくんと会うためにアルタ前で待ち合わせです。
大阪で言えば梅田ビックマン(やっけ??)前みたいな感じなんですか?あれはすごいですね、たしか金曜の夕方ということで、はっきり言ってすごすぎですあの人の群れは。
昨日の銀座といい新宿といいクレイジー過ぎです東京は…

南米ルックから完全に足を洗ったあきら君を苦労しながら見つけて、一時間後には遅れてやってきたコバりえさんたちとも無事合流し、今度は中華料理屋さんへ。
昨日の韓国料理屋といい、この日の中華料理屋といい従業員のほぼ全員が韓国人、中国人だったのがびっくりしました。
旅の途中、草津や浜名湖あたりでは南米の労働者がめちゃくちゃ多かったし、どうも日本もだいぶ多国籍な道へ進みつつあるようです。
意見はいろいろでしょうが、人口も減りつつあるなら、第三諸国からの移民というか労働者の受け入れも一つだと思います。
単純におもしろそうっていう理由です。
あ、話はそれましたが、おいしい中華をご馳走いただき、ほんと感謝感謝で頭が上がりません。
ここでも出世払いということで…

東京二日目はあきら君のお宅にお世話になりました。
ほろ酔い気分で近所の銭湯に行き、湯船につかれば「ぶはー」と雄叫び(?)をあげてしまい、ほんといいおっさんになったな実感するばかりです。
大量のマットを敷いてもらい、この日も快眠。
次の日は朝ごはんまでご馳走になり、ほんとあきら様様、東京様様です。
ちなみにあきらくんはずっと写真をやっていて、前回のアメリカ、南米、アフリカ、ヨーロッパの旅の写真展を近々やるかもなので、決まり次第ここでも宣伝させていただきます。
ポストカードとミニ写真集とシガリージョをお土産に頂き、十一時には東京駅に立っていました。

目的は、そう、人間の足で東京まで来たなら、日本人の技術の結晶、新幹線で帰りましょうってわけです。
東京滞在はたったの二日。
まあいろいろありまして帰らなくてはならなかったのですが、あまり東京でいろんな人にお世話になるのもあれなんで調度よかったと思います。

新幹線に乗れば、十六日間かけて歩いた道を三時間ちょっとで大阪でした。
途中、歩いた道が見れるところも多々あり、「ああ、歩いた歩いた」と懐かしみながら、まるでビデオの早巻戻しを見ているように景色が流れていきました。
何故かさみしさとむなしさとちょっとした充実感を感じながら、三時間はあっという間に過ぎてしまいました。

すごい長い旅から帰ったような感覚でしたが大阪の町はどこも変わってなく、期待はずれな感じと少しほっとした感じで約二十日ぶりの家へと帰り着きました。
でも、まだその日は終わらず、市内へ逆戻りし、またまた飲みに出かけました。
この、三日で二十日分のアルコールと摂取してやりました。

そして、その次の三日で二十日分の睡眠をいっきにとるべく、三日で五十時間近く(?適当…)寝て、飯を食うだけという日々を過ごしました。
驚いたことに三日間いや一週間は夢の中でも歩き続けて、「今日はあと十キロだ」とか寝言を言ったか言わなかったかは確かではありませんが、アルゼンチンなんかも歩きながら嫌な汗をかいていました。
どこかで体が求めてるのでしょうか??
当分は勘弁なんで、そこんとこよろしくおねがいします。

予定では三日もすれば体力気力も戻るだろうと思っていましたが、一週間は寝て食ってビデオ見て漫画読んでの生活を余儀無く(?)されました。
といっても、一週間屋根と寝なれたベットとおいしいご飯があればもう十分回復して、やっと人並みの生活を遅れようになってきました。
ブログも書いて、メールもちゃんと返していこうと思います。

最後に、今回の旅の総括として、やっぱり人間ていうのはすごいちっぽけだなってこと。
でも、その人間の可能性は無限に広がっているということ。
そして、改めて人間は一人ではなくいろいろな人に支えられているんだなということ。

また、私ことながら、大学に入学してからいろんな人にあって、いろんな経験をして、旅行もたくさんして、ちょっとは僕も成長したんじゃないかなと思えたこと。
これを自惚れではなく一つの自信にして、今後の人生も楽しくバカみたいに生きていけたらと思います。

家族、親戚、友達、街道沿いの人達、東京での旅仲間、このブログをちょっとでも見てくれた人達、この旅を支えてくれた人達、ほんとに感謝感謝です。
僕もどこかで微力ながらもみなさんの助けになれればと思います。
と、まあ、柄にも無くそんなことを思っている次第であります。
あまり期待せずに、「出世払いで…」と一緒ぐらいのニュアンスで受け取ってもらえれば幸いです。

ではでは、長くなりましたが、また会う日まで。


って、ブログは楽しいし書き続けますよ。
また見てください。
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by powerwoods | 2006-08-28 00:52

藤沢、戸塚、保土ヶ谷、神奈川、川崎、品川、日本橋

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こんにちわ!
最終日8月17日は70000歩の50キロを歩きとうとう日本橋にゴールしました。

朝、五時前に神社の境内で目を覚ましました。
出発の準備をしていると、神主さんの家からおばちゃんが出てきて、こちらにつかつか歩いてきて、突然怒鳴り始めました。
最近境内で窃盗事件があってピリピリしているらしく、疲れているのはわかるけど、最低限のマナーは守れと一気に怒鳴られました。
普段ならなんとかかわせるはずが、何故か頭にきてしまい、「あんたなんの迷惑をかけた?朝からんなどなんなや」と言い返してしまい、さっさとその神社をあとにしました。
完全にこっちが悪く、謝ればいいものを逆ギレをするなんてもってのほかでした。
なんか完全にいろんなもののバランスが崩れていた気がします。
すいませんでした。

そんな気持ち悪い朝を迎えながらも歩かなくてはなりません。
しかも、その日中に東京に着くためには50キロ歩かねばならず、50キロ歩いたのは初日の元気なときだけで、歩ける自信なんて全くなかったのだけれど、とりあえず前へ進しかないわけで、軽くパンをかじり、五時過ぎには歩き始めました。
幸いに足の痛みはほとんどなくなったものの、からだが異様に重く、なんとなく熱っぽかったです。
それでも、なんとしてでもその日の内に東京に着きたい一心で歩き続けました。
なんとか気温がそこまで高くならず、朝のうちに20キロ以上を歩き横浜までたどり着きました。
しかし、さすがに太陽も高くなり、飯を食っても体が動かなくなっていました。

ちょうど生麦あたりを通過した頃、一台の車が止まり女の人が出てきました。
おっ、とうとうファンの登場が!?とでも思えれば面白かったのですが、まったく余裕がなくなんだなんだと身構えるしかできませんでした。
その女性は「森君ですよね?私三井です」と言い、ポカリ、タオル、Tシャツなどを差し出してくれました。
三井さん。ちょうど静岡の浜名湖の湖畔、舞阪で出会い、僕とは逆で東京から京都を歩いている男の人でした。
お互い初めて同じルートを歩いている人に会い、よろこび、情報を交換し、お互いの健闘を祈りあいました。
そこで別れてからも何度かメールをし、位置などを確認しあっていました。
なんとそのみいさんの奥さんが、僕が横浜のみいさんの家の近くを通ったときに連絡をうけて差し入れを持ってきてくれたのです。
もうなんだか完全にまいりそうになってたときで、泣きそうになってしまいました。
出会いってものはほんと不思議なもので、かけがえのかいものだと改めて感じる瞬間でした。
そして、気持ちが体に与える影響というのも大きなもので、差し入れを頂いたあと気持ちが満ち足りて、足の痛みも疲れも一気に吹き飛び、ペースをあげることができました。

横浜で一号線に別れを告げて、15号をひたすら北上し、川崎、品川を通り過ぎ、夜八時には銀座の街を歩いていました。
日本でも最高級のショッピング街で、バックパックで歩くというのは、明らかに浮いていたというか、完全に犯罪的な行為でした。
幸いに雨が降り出しカッパを深々とかぶり、銀座の町を颯爽(逃げるように…)と駆け抜けました。

そして、八時半に初日以来の50キロを歩ききり、とうとう東海道のスタート地点、一号線のスタート地点、多くの街道のスタート地点、日本橋に到着しました。
そこは大都会東京のど真ん中、ビルが立ち並び、高速道路が頭の上を走るなんとも風情のかけらもないところでしたが、そこは紛れもない今回の旅のゴールでした。
うれしいことに南米で仲良くなった沢村夫妻と健太郎君が迎えてくれて、24時間テレビの100マラソンには劣りますが、今回の一人東海道中膝栗毛はひっそりと感動的なフィナーレを迎えました。

たぶんこれからの人生には箱根のような難所がゴロゴロしていてなんども挫けそうになるようなときがあると思います。
でも、今回一つの旅をやり遂げたように、難所を一歩一歩、歩みは遅くても越えてゴールできる自信をつけることができました。
泣きそうなぐらいつらい日々とそれを超えるすばらしい出会いと達成感。
なんとなく思いつきで始めた旅でしたが、予想以上に得るものの大きな旅になりました。
やっぱり僕は旅が大好きです。
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by powerwoods | 2006-08-19 17:47

小田原、大磯、平塚、藤沢

こんにちわ。
8月16日は50000歩の30キロを歩き、神奈川県の藤沢までたどり着きました。
もう肉体的にも精神的にも限界です。

朝、スーパー銭湯の仮眠室でゆっくり寝れたおかげで、膝の痛みはだいぶましになりました。
しかし、起きるのがおそくなったり、お気に入りの手拭いがなくなったりと、出発が九時になってしまいました。

この遅れは致命的で、すでに気温はだいぶ上がっていて、1、2時間もするとすっかりバテて、膝の痛みも再発してもうどうしようもなくなりました。

この日はメキシコで知り合ったつっちーと茅ヶ崎で昼飯でもってたべようってことになってたんですが、昼の段階でまだ大磯にもたどり着いてませんでした。
なんとか夕方までにはと思い、動かない体を一歩一歩ノロノロと進んでいきました。
道端のベンチで昼寝をはさみながら、5時になんとか茅ヶ崎に到着。
近くのガストでお茶をして、久しぶりにゆったりと楽しい時間をすごせました。
ごちそうさまでした!

さてさて、7時からまた歩き始めたんですが、膝の痛みが完全に再発し、足の爪が剥がれ、さらには雨まで降り出し、もうほんとに泣きそうになりながら、藤沢の神社にたどり着きました。
住職(?神社の場合なんて言うんやろ?神主?)
の家にはもう明かりはついてなかったので、勝手に神社の端っこで雨を避けるように寝かせていただきました。

17日中に東京に着くためには50キロを歩かなくてはならず、今日の目標もまったく達成できないまま、明日歩けるまで体力が回復するかも分からぬ不安のまま、弱い自分を情けなく思ったまま、なんともいえない孤独感の抱きながら、なんとか眠りにつくことができました。

この二週間で一番辛い夜でした…
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by powerwoods | 2006-08-18 18:51

だっしゃー!日本橋到着

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昨日の記事は書いてませんが、今日8月17日の8時30分に東京、日本橋に到着しました。
つらいことの多かった今回の旅、でも楽しい出会いやきれいな景色、旧街道の文化などにふれることができ、何よりも日本橋についた時の達成感はたぶん今まで生きてきた中で一番のものでした。
今日は南米であった人たちと飯を食って、泊めてもらいます。

昨日と今日のことはパソコンを借りて更新します。
とりあえず、今日は寝かせてください。
ありがとうございました、おやすみなさい!
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by powerwoods | 2006-08-18 00:47

三島、箱根、小田原

幾億の足音が
坂に積もり
吐く息が
谷を埋める
我が箱根にこそ

司馬遼太郎

こんばんっわ!
ひさしぶりのリアルタイム更新です。
今日は52000歩の32キロ歩き、箱根峠をなんとか超え、神奈川県に突入し小田原に到着です。

朝いつものようにコンビにでパスタとパンを食って(なんか最近食う量が半端ないです。。。)、いよいよ箱根の峠に取り掛かりました。
上り始めて10分ぐらい、後ろを振り返ってみてびっくり昨日以上に美しい富士山が背後にありました。
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うっし、今日もいいことがありそうだとひたすら登りまくる。
登っているうちに雲が出てきて肌寒くなり、ポツポツと雨も降り出し、箱根の恐ろしさを垣間見ました。
ここの旧道はほとんどが石畳で足への負担は尋常ではありませんでした。
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しかし、まあ面白い道が多く、昼には箱根峠の最高地846メートルまで登り、勢いで芦ノ湖まで下っていきました。
お盆だからなのかそこには観光客の山、山、糞ゴミの山…
関所跡なんかをゆっくり見たかったのに、もうなんだか白けてしまいました。
もちろんサッカーシャツにバックパックの杖を持った私は白い目で見られましたが…
なんだか、いらいらしながら、早速下りの道へと突入。
はじめは順調に下っていたのですが、一時間ほど下ったところで太ももの前の部分と半月版の間が猛烈に痛み出しました。
去年の終わりにパタゴニアでトレッキングしていたときも、下りの道で膝をやられてしまいました。
そのときも泣く泣く足を引きずりながら下山したのですが、今回も十キロぐらいの距離を何度も諦めそうになりながら杖に体重のほとんどを預け、ほんとボロボロになって下山しました。

もう歩きたくない。
それが本音ですが、もう体もボロボロですが、東京まであと約80キロを気合だけで歩いてみせます。
もう負けません!!

今夜は疲れを最大限癒すためにスーパー銭湯で泊まります。
夕風呂、朝風呂に加え、マッサージチェアー、完全に横になれる休憩室で明日足がなんとか動くことを願います。

しかし、箱根はほんとに恐るべし。
道の悪さ、坂の急さ、天気の変わりやすさなど、まさに天下の険のなに相応しい峠だと思います。
是非、一度チャレンジを!
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by powerwoods | 2006-08-16 00:16

興津、由比、蒲原、吉原、原、沼津、三島

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こにゃにゃちわん。
昨日8月14日は67000の47キロを歩き、箱根峠の麓三島に到着です。
翌日にとうとう最後にして最大の難所箱根越えです。

瑞泉寺の本堂はとても快適で、もちろん仏様の方々にも悪戯もされず、すがすがしい朝を迎えました。
お寺のおばあちゃんがおにぎりを作ってくれ、梅干をお土産持たせてくれました。
たった一時間ぐらいしかしゃべってないのに、ほんとあったかくて、涙が出そうでした。
また遊びにいきますね!!

六時に瑞泉寺をでると、空は見事にピーカン。
ピーカンBOYZぶりは一人でも発揮です。
さった峠を上りきると出ましたよ、ドカーンと富士が!
多少靄がかっていたけど、十分富士山の美しさを堪能し、大阪からはるばる300キロほどを歩いてきた身にはジワーンと染み入って、またまた涙が出そうでした。
そして、こんなときはなんか叫びたくなります。
「’#%○=★#=”!!」
心の叫びってやつです。

今日は長い距離を歩くつもりだったので、数分富士を堪能してすぐに峠をおりきりました。
するとそこには望嶽亭がありました。
そうとうの超幕末通ならしってるでしょうが、江戸城無血開城の影の立役者、幕臣の山岡鉄舟が西郷、勝の会談に先立ち府中で西郷と会うために江戸より府中へ向かう中、さった峠で官軍に襲われ、逃げ込んだのがこの望嶽亭です。
そこを訪れると当時のことを伝え聞いて25代目(たぶん…)のおばあちゃんが、その山岡鉄舟が逃げ込んだときのことを涙混じりに語ってくれました。
またお勉強したらこの話は書きたいです。
また、話はおばあちゃんが戦争中満州へ行ったことや東京での講演会などの話にも至り、なんだかんだ一時間ほどお話をうかがえました。
一つの歴史を守り続けるおばあちゃんに感謝感謝です。
ここもまた遊びに来たい場所です。

おびゃあちゃんに別れを告げ、しばらく由比の町を歩いていると、東京側から徒歩ダー風の若者がやってきました。
時間がないときに限って、いろいろな人と出会うわけで結局ここでも一時間ほど話し込んでしまいました。

まずいです。完全に予定時間から遅れています。
彼とも別れそれからはひたすら西へ西へ向かいます。
吉原を過ぎたあたりで海岸線にでると、そこには美しく弧を描いた駿河湾が延々と続いていました。
距離にして約十五キロ海岸線を横目に音楽を聴きなが左には富士をお供に久しぶりに気持ちのいい道路です。

沼津でその海岸線とも別れを告げ、暗くなった一号線を三島に向けて歩きます。
しかし、もうその日の歩いた距離も40キロを越えて、新たに左太ももが痛み出し、もう気合だけで前へ進みました。
そして、11時にようやく三島に到着し、その日は三島市内でお祭りがあったため念のためマンガ喫茶へ。
なんだかんだマンガ喫茶には今回お世話になってまして、寝方もだいぶわかってきました。
製氷機から大量に氷をいただいてアイシングしながらリクライニングシートで横になりました。
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by powerwoods | 2006-08-15 23:41

藤枝、岡部、丸子、府中、江尻、興津

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こんばんわ。
昨日8月13日は54000歩の34キロ歩き、興津に到着です。

朝は例のテレビデオならぬ、テレパソベットで七時すぎまで寝てしまう。
いやはや、この旅二番目いやホテルのベットより快適なベストオブ寝床だったかもしれません。
毎度のことながらの延長料金は気持ちよく払ってやりましたよ。

今日は薄曇りのなかまず岡部へ。
トリビアですがゴン中山の実家はこの岡部の東海道沿いに、中山何たら右衛門家として残ってるらしいです。
まあ見つけられなかったのですが、代わりにゴン企画なる会社を発見!
はて、関わりありか?

岡部を抜けると軽く峠を越えて、丸子(マリコ)で、丁子屋のとろろ汁を食らう。
期待していた冷や麦的なさっぱりとしたのではなく、卵ご飯的なこってり系でした。
まあ、昔の旅人もこれを食べて力をつけたらしく、老舗の店の雰囲気とを合わせばなかなか良かったよとお勧めできます!
そしてとうとう静岡の半分静岡に到着し、先を急ぐためひたすら東へ。
清水を通り越して、興津に到着し時にはもう日が暮れてしまっていました。
次の薩た峠から富士が一番きれいに見えるらしく、夜歩くのはもったいないということで、今夜はここまで。
まず、もう着る服がないのでコインランドリーへ行って、お洗濯。
汚れ物入れが化学的な刺激臭を放っていました。
汗と涙が高温高圧化で化学反応を起こしたようです。

さてさて、洗濯は無事済み、問題は寝床です。
ここ興津は峠前のど田舎で、寝れそうなところが見当たりません…
さ迷い歩いていると、瑞泉寺というお寺さんが目に入る。
よしっ、ここだと思い、ドアをノックする。
何度かの呼びかけの後、出てきたおばあちゃんに庭で寝かしてくれないかとお願いしたところ、なんと本堂へ通されました。
おばあちゃん曰く、お盆で仏さんがいっぱい帰ってきていて、楽しいよーとのこと…
生憎、わたくしそっち方面はまったく疎いもので、喜んで寝かせていただきました。
またまたいい寝床にありつけました。

最後に一言。
静岡県の皆さん、大好きです。
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by powerwoods | 2006-08-15 06:06

掛川、日坂、金谷、島田、藤枝

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昨日8月12日は53000歩の30キロで、静岡県藤枝までやってきました。
静岡の真ん中静岡市ももうすぐです。

五時に目を覚ますと近所のおばさまがオレンジを持ってきてくれて、今日もいいことがありそうな期待が膨らみます。
六時には歩き始め、昼前に東海道の三大難所の一つ中山峠に差し掛かりました。
ちなみにあとの二つはいわずと知れた箱根峠、そして、先日越えた鈴鹿峠です。
ここは距離はたいしたことがないのですが、とにかく傾斜がきつい。
45度はあったんじゃないかと思います。
でも、僕は峠が大好きです。
やっぱりトレッカーの端くれ、登りの後にやってくるその景色と達成感がたまりません。
そして、一号線から大きく離れて自然の中の昔の旅人が歩いたであろう石畳などを歩き、その空気に浸ることができるからです。
箱根も怖いながら楽しみでもあります。

峠のお茶屋さんでお茶をいただき、下って上って下って金谷に到着です。
まあつまりは山を2つ越えたってこと。

思ったより峠を早く越えれたので、次の宿島田で久しぶりに博物館へ。
大井川の川渡しなど面白かったのですが、見学している間に見事に天気が崩れていき、どしゃ降りになってしまいました。
今回初めて雨に打たれてしまいましたが、運良く次の藤枝に進むことができました。

とりあえず、藤枝に着いてすぐにスーパー銭湯にいきました。
そういえばスーパー銭湯に行ったことのない僕はすっかりはまってしまいました。
いやはや、あんないいもんやとは知らなんだ。
帰ったら大阪銭湯巡りでもってしよっと…

びっくりついでにもう一つ。
風呂に入った後、近くの漫画喫茶へ。
なんと座敷席ってのがあって、二畳ぐらいの大きさで床がクッションの席があった。
ありゃ、パソコンのついたベットですよ。
すごいね、最近のマン喫は!
ちょっと高かったですが、リラックスしてマンガを読み、三日ぶりの屋根の下で爆睡できました。
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by powerwoods | 2006-08-13 21:25

新井、舞坂、浜松、見附、袋井、掛川

遅くなりすぎですが、生きてますよ。
先日8月11日は62000歩の40キロを歩き掛川までやってきました。

この日の前の晩にビールを飲んだせいか、朝から右足が猛烈に痛んでいました。
今度こそもうだめかな…などと弱気になって足を引きずりながら歩いていると、前から僕と同じようにでかいバックパックを背負って歩いてくる人が。
そう、今回の旅で初めて逆ルートで東海道と一気に歩いている人と出会ったのです。

そういえばまだこの旅のことを詳しく説明してませんでしたね。
発端は歩いて家から東京へ行こう、どうせ歩くなら東海道を歩こうというまあかるーい思い付きでした。
現在東海道は一号線や新幹線の線路と思われがちですが、ちゃんと旧東海道としてせいびされているところが多く、今はガイドブックを元にその旧東海道をあるいているわけです。
そして、その旧東海道には江戸時代から東京日本橋と京都三条大橋の間に、53個の宿が定められて、それぞれが宿場町として発達しました。
現在でもそういった宿場町の風情を残した町もあり、そういった町を歩くのもひとつの楽しみになっています。
そして、山と渓谷社から『東海道を歩く』というガイドブックが出ているように、多くのひとがその街道を歩いているのです。
とはいうものの、全長500キロに及ぶ東海道を一気に歩くバカモノは少なく、ほとんどがある一定区間を分けて歩いている中年夫婦の方々と出会うことしかありませんでした。

しかし、この日初めて東京京都間を歩いている旅人に出会いました。
横浜で建築関係の仕事をしているMさんでした。
同じことをしているという仲間意識で、なぜか昔からの友達に出会ったような不思議な感覚に陥りました。
お互いこれからの情報を交換したり、旅の楽しさを語り合ったり、旅のつらさを愚痴りあったり、三十分程度道端でしゃべっただけでしたが楽しかったです。
お互い連絡先を交換し、成功の暁にはどこかで一杯やりましょうって事になりました。
そんな出会いが、自分に元気を与えてくれるときもある訳で、足は痛むものの前へ前へ進めるようになりました。

その出会いのあと、浜松の手前で偶然に登山専門店を発見しました。
というのも、Mさんは登山用の杖を持っていて、それがあることでだいぶ足への負担がなくなるということを教えてくれました。
そういえば、パタゴニアでトレッキングしたときも多くの白人トレッカーが杖というかスキーのストックのようなものを持っていた記憶があります。
藁をもつかむ思いで杖を購入(高かったぁ…)し、歩き始めると確かに違う。
説明書を見ると足への負担を一歩につき大体4~5キロの軽減し、一日50000歩あるくとすれば20トンから25トンの負担を軽くすることができるようなのです。
まあ、その数字は別にして実際に歩いてみて右足の痛みは増しになり、クロスカントリーの要領で歩きに推進力が加わったような気がしました。
これは十分な価値があるはずです。

気をよくして浜松に到着し、浜名湖といえばというやつを食ってやりました。
自分へのご褒美にと独身OLみたいなことを言いながら、高級店ぽいところに入りました。
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冗談ではなくこころの奥底から人間の一番深いところから、生きていてよかったと思いました。
貧乏舌のわたくしですのでそれが天然だとか養殖なのかとかは問題ではなくはるばる大阪から来て浜名湖でウナギを食らうというのがたまらんのです。
そんな至福の時間のために財布から2500円が飛んでいきました。
南無…

鬼に金棒、森力にステッキとウナギ、昼飯を食べた後は朝のスローペースとは打って変わって休憩なしに10キロを歩いたりと、一心不乱に足を踏み出し続けました。
夜も十時を回り、さすがに体力の限界に。
道に何度も倒れこみながら(大げさではなく)、なんとか久しぶりに40キロを歩き、掛川に到着しました。
そのまま街道沿いの古びたお寺にフラフラと入っていき、縁側のようなところで夜を越させていただきました。
ありがとうございました阿弥陀如来様(?)!!
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by powerwoods | 2006-08-13 07:48

赤坂、御油、吉田、二川、白須賀、新居

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おはよーございます。
なんとか歩いてます。
昨日8月10日は58000歩の34キロを歩きました。
とうとう静岡県に突入です。

朝起きると、右足の痛みは多少はましになってるものの、やはりまともに歩くことができません。
とにかく歩くために、テーピングで足首をがっちがちに固めると、なんとか歩けるようになり、今日がどうなるかもわからず赤坂を出発しました。
御油の松林を抜け、ひたすら一号線をあるくと、とうとう静岡です。
大阪から数えて六つ目にして最大の県。
たぶん4日以上かかるでしょう…

夜七時に浜名湖湖畔の町新居に到着。
足の痛みは歩いてるときはなりを潜めてましたが、テーピングをとると朝の痛みのままでした。
まあ、歩けたんでよしでしょう。

そんなことより、静岡の人はあったかいです。
お菓子くれたり、泊まってくかと声をかけてくれたり、残り物の弁当をくれたり…など、わたくし決意を更に硬くしました。

絶対歩いてやります!

夜はやっぱり公園にキャンプインし、アイシングをしながら寝ましたが、蚊取り線香のおかげで昨夜は爆睡でした。
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by powerwoods | 2006-08-11 18:44