ON THE ROAD ~walk slowly~

興津、由比、蒲原、吉原、原、沼津、三島

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こにゃにゃちわん。
昨日8月14日は67000の47キロを歩き、箱根峠の麓三島に到着です。
翌日にとうとう最後にして最大の難所箱根越えです。

瑞泉寺の本堂はとても快適で、もちろん仏様の方々にも悪戯もされず、すがすがしい朝を迎えました。
お寺のおばあちゃんがおにぎりを作ってくれ、梅干をお土産持たせてくれました。
たった一時間ぐらいしかしゃべってないのに、ほんとあったかくて、涙が出そうでした。
また遊びにいきますね!!

六時に瑞泉寺をでると、空は見事にピーカン。
ピーカンBOYZぶりは一人でも発揮です。
さった峠を上りきると出ましたよ、ドカーンと富士が!
多少靄がかっていたけど、十分富士山の美しさを堪能し、大阪からはるばる300キロほどを歩いてきた身にはジワーンと染み入って、またまた涙が出そうでした。
そして、こんなときはなんか叫びたくなります。
「’#%○=★#=”!!」
心の叫びってやつです。

今日は長い距離を歩くつもりだったので、数分富士を堪能してすぐに峠をおりきりました。
するとそこには望嶽亭がありました。
そうとうの超幕末通ならしってるでしょうが、江戸城無血開城の影の立役者、幕臣の山岡鉄舟が西郷、勝の会談に先立ち府中で西郷と会うために江戸より府中へ向かう中、さった峠で官軍に襲われ、逃げ込んだのがこの望嶽亭です。
そこを訪れると当時のことを伝え聞いて25代目(たぶん…)のおばあちゃんが、その山岡鉄舟が逃げ込んだときのことを涙混じりに語ってくれました。
またお勉強したらこの話は書きたいです。
また、話はおばあちゃんが戦争中満州へ行ったことや東京での講演会などの話にも至り、なんだかんだ一時間ほどお話をうかがえました。
一つの歴史を守り続けるおばあちゃんに感謝感謝です。
ここもまた遊びに来たい場所です。

おびゃあちゃんに別れを告げ、しばらく由比の町を歩いていると、東京側から徒歩ダー風の若者がやってきました。
時間がないときに限って、いろいろな人と出会うわけで結局ここでも一時間ほど話し込んでしまいました。

まずいです。完全に予定時間から遅れています。
彼とも別れそれからはひたすら西へ西へ向かいます。
吉原を過ぎたあたりで海岸線にでると、そこには美しく弧を描いた駿河湾が延々と続いていました。
距離にして約十五キロ海岸線を横目に音楽を聴きなが左には富士をお供に久しぶりに気持ちのいい道路です。

沼津でその海岸線とも別れを告げ、暗くなった一号線を三島に向けて歩きます。
しかし、もうその日の歩いた距離も40キロを越えて、新たに左太ももが痛み出し、もう気合だけで前へ進みました。
そして、11時にようやく三島に到着し、その日は三島市内でお祭りがあったため念のためマンガ喫茶へ。
なんだかんだマンガ喫茶には今回お世話になってまして、寝方もだいぶわかってきました。
製氷機から大量に氷をいただいてアイシングしながらリクライニングシートで横になりました。
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by powerwoods | 2006-08-15 23:41