ON THE ROAD ~walk slowly~

藤沢、戸塚、保土ヶ谷、神奈川、川崎、品川、日本橋

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こんにちわ!
最終日8月17日は70000歩の50キロを歩きとうとう日本橋にゴールしました。

朝、五時前に神社の境内で目を覚ましました。
出発の準備をしていると、神主さんの家からおばちゃんが出てきて、こちらにつかつか歩いてきて、突然怒鳴り始めました。
最近境内で窃盗事件があってピリピリしているらしく、疲れているのはわかるけど、最低限のマナーは守れと一気に怒鳴られました。
普段ならなんとかかわせるはずが、何故か頭にきてしまい、「あんたなんの迷惑をかけた?朝からんなどなんなや」と言い返してしまい、さっさとその神社をあとにしました。
完全にこっちが悪く、謝ればいいものを逆ギレをするなんてもってのほかでした。
なんか完全にいろんなもののバランスが崩れていた気がします。
すいませんでした。

そんな気持ち悪い朝を迎えながらも歩かなくてはなりません。
しかも、その日中に東京に着くためには50キロ歩かねばならず、50キロ歩いたのは初日の元気なときだけで、歩ける自信なんて全くなかったのだけれど、とりあえず前へ進しかないわけで、軽くパンをかじり、五時過ぎには歩き始めました。
幸いに足の痛みはほとんどなくなったものの、からだが異様に重く、なんとなく熱っぽかったです。
それでも、なんとしてでもその日の内に東京に着きたい一心で歩き続けました。
なんとか気温がそこまで高くならず、朝のうちに20キロ以上を歩き横浜までたどり着きました。
しかし、さすがに太陽も高くなり、飯を食っても体が動かなくなっていました。

ちょうど生麦あたりを通過した頃、一台の車が止まり女の人が出てきました。
おっ、とうとうファンの登場が!?とでも思えれば面白かったのですが、まったく余裕がなくなんだなんだと身構えるしかできませんでした。
その女性は「森君ですよね?私三井です」と言い、ポカリ、タオル、Tシャツなどを差し出してくれました。
三井さん。ちょうど静岡の浜名湖の湖畔、舞阪で出会い、僕とは逆で東京から京都を歩いている男の人でした。
お互い初めて同じルートを歩いている人に会い、よろこび、情報を交換し、お互いの健闘を祈りあいました。
そこで別れてからも何度かメールをし、位置などを確認しあっていました。
なんとそのみいさんの奥さんが、僕が横浜のみいさんの家の近くを通ったときに連絡をうけて差し入れを持ってきてくれたのです。
もうなんだか完全にまいりそうになってたときで、泣きそうになってしまいました。
出会いってものはほんと不思議なもので、かけがえのかいものだと改めて感じる瞬間でした。
そして、気持ちが体に与える影響というのも大きなもので、差し入れを頂いたあと気持ちが満ち足りて、足の痛みも疲れも一気に吹き飛び、ペースをあげることができました。

横浜で一号線に別れを告げて、15号をひたすら北上し、川崎、品川を通り過ぎ、夜八時には銀座の街を歩いていました。
日本でも最高級のショッピング街で、バックパックで歩くというのは、明らかに浮いていたというか、完全に犯罪的な行為でした。
幸いに雨が降り出しカッパを深々とかぶり、銀座の町を颯爽(逃げるように…)と駆け抜けました。

そして、八時半に初日以来の50キロを歩ききり、とうとう東海道のスタート地点、一号線のスタート地点、多くの街道のスタート地点、日本橋に到着しました。
そこは大都会東京のど真ん中、ビルが立ち並び、高速道路が頭の上を走るなんとも風情のかけらもないところでしたが、そこは紛れもない今回の旅のゴールでした。
うれしいことに南米で仲良くなった沢村夫妻と健太郎君が迎えてくれて、24時間テレビの100マラソンには劣りますが、今回の一人東海道中膝栗毛はひっそりと感動的なフィナーレを迎えました。

たぶんこれからの人生には箱根のような難所がゴロゴロしていてなんども挫けそうになるようなときがあると思います。
でも、今回一つの旅をやり遂げたように、難所を一歩一歩、歩みは遅くても越えてゴールできる自信をつけることができました。
泣きそうなぐらいつらい日々とそれを超えるすばらしい出会いと達成感。
なんとなく思いつきで始めた旅でしたが、予想以上に得るものの大きな旅になりました。
やっぱり僕は旅が大好きです。
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by powerwoods | 2006-08-19 17:47